トリ・アングル INTERVIEW

俯瞰して、様々なアングルから社会テーマを考えるインタビューシリーズ

vol.20

みんなで守ろう!「命の水」

地球は水の惑星と言われているが、この地球上の水は海水などの塩水がほとんどを占めており、淡水は約2.5%しかない。そのうえ、その大半が南極や北極地域にある氷山や地下水で固定されており、人が容易に利用できる河川や湖沼などの淡水の量は地球上に存在する水量のわずか0.008%程度にすぎない。
この限りある水の確保が、今、危機に瀕している。近年の地球温暖化による気候変動の影響により、世界各地で渇水や洪水などの自然災害が頻発し、水の安定的な供給が見込めないからだ。
人が生きていく上で欠かせない「水」を将来にわたって守り続けていくために今、どのような取り組みが行われ、また、何が求められているのだろうか。

Angle C

後編

地域にあったやり方で水問題の解決を

公開日:2020/8/28

龍谷大学

先端理工学部応用化学課程教授

内田 欣吾

水不足問題の解決に向けて、シロアリの翅(はね)の表面構造の再現に成功した龍谷大学の内田欣吾教授らのグループ。「小さな水滴は集めて大きくする」「大きな水滴ははじき飛ばす」という2つの異なる“濡れ性”の再現によって、霧を集めて飲料水をつくるプロジェクトが今、始動している。果たしてこのプロジェクトは世界の水問題を解決する糸口となるのだろうか。

シロアリの翅の表面構造を再現した技術を応用すれば、どういったことに活用できると考えますか?

 現在、世界的に水不足は深刻化していますが、とくに砂漠など乾燥した地域では、いかにして水を得るかが社会的な問題になっています。その解決方法として、注目を集めているのが、霧から水を捕集する材料です。霧から水を捕集するには、大きな幕のような表面を持つ構造物が必要になりますが、シロアリの翅(はね)の長さ自体は7mm程度なので、サイズ的にそれだけで利用するのは難しく、その表面構造のサイズも3Dプリンターで作成できるサイズよりはるかに小さいですが、私たちの結晶材料は、大きな面積を持つ表面を作成することができると考えています。シロアリの翅の構造を模した結晶表面を転写した鋳型を作製して、ポリマーなどの安価な材料に再度転写する技術を確立すれば、霧を集めて水を作るシステムの実用化に発展できる可能性があります。そして、既に企業を巻き込んで、プロジェクトが走り出しています。

世界的な水不足を解決する一つの施策となりうるためには、どういった技術革新が必要でしょうか。

 霧を集めて水を得ようとするプロジェクトは、既に世界各地で行われています。そのプロトタイプとなっているのは、アフリカ・ナビブ砂漠に生息するキリアツメゴミムシダマシという体長1~2cmの昆虫の背中の構造を模した技術です。この虫の甲羅は親水性の突起と、くぼんだ撥水性(はっすいせい)の部分からできています。朝に霧が立つとき、この虫は風上に背中を向けて、逆立ちするような格好をします。すると突起部分に水滴が溜まり、これが大きくなると背中を伝って口元に落ちてきて、これを飲んで生活しているのですが、このシステムをまねて、撥水性部と親水性部を併せもつネットを作成し、霧を集めて水を得る研究が進められています。この研究の難点は、撥水性と親水性という2つの異なる部分を複合させる必要があることです。これに対し、私たちが研究を進めているシロアリの翅の表面構造をまねたシステムは、撥水性部と親水性部を複合させるための技術は必要ありません。シロアリの翅の構造を模した表面を大規模なスケールで応用することが最大の課題で、鋳型をどのような材料でつくるかが、高い機能性を再現できるかどうかの鍵を握ります。

【内田研究室の様子】

※龍谷大学提供

水不足という問題についてどのようにお考えですか?

 人口増加とともに、水の安定的な供給や水資源の確保は世界的に重要な問題です。水を確保するためには、エネルギーや地球環境の問題についても同時に考えないといけません。塩水を蒸留すれば真水は取れますが、真水を生成するためにはエネルギーが必要になります。 
 しかし、シロアリの翅の表面構造を模して霧を集める技術は、すでに気化した霧粒を集めるので、そのためのエネルギーは必要ありません。この方法に加え、海水から逆浸透膜をつかって真水を得る方法や、太陽エネルギーを使って塩水から真水を得る方法の開発なども報告されるなど、新しいシステムが、毎年のように提案され、技術革新が進んでいます。
 水不足の問題を解決するためには、地球上のあらゆる土地で、その地形や気象条件にあった水を得るシステムを選べる必要があると思っています。

後進の研究者や学生たちにどのような道を志してほしいですか?

 私は「バイオミメティクス」の研究を通し、生物の形や表面が、非常に理にかなった構造をしていることを体験することができました。生物は、長い進化の過程で、生存のために多彩な機能を身につけています。その理由は、一見しただけではわからないものです。それらをじっくりと観察し、再現することで、今まで予想もしなかった機能材料が作成できるかもしれません。ハスの葉やアメンボの足などのセルフクリーニング機能や、ヤモリの足裏やタコの足などが示す機械的特性、クジャクやモルフォ蝶などが示す構造色、セミの翅やガの目の光学的特性などは有名ですが、世界には、まだまだ多様な生物が生息しています。私たちが研究しているのはそのうちのほんの一部であり、ほとんどは、まだ日の目を見ていないと言っても過言ではありません。そのような生物を探し出し、観察、模倣することで新機能を見出すようなテーマに果敢にチャレンジしてほしいと思っています。自然界の不思議を紐解きながら、世の中の問題を解決できるような機能的な材料を提案できれば、研究者冥利に尽きるはずです。私たちの奇想天外な研究について、他校の研究者仲間からは「そんな研究しているのは、内田先生の研究室だけですよ」とからかわれることも少なくありません。しかし、単に構造をまねるところで終わるのではなく、その技術を使って、世の中のさまざまな課題を解決できるアプリケーションを見据えることで、奇想天外な研究が輝きを放つのです。世界初の研究成果と評価いただいた今回のシロアリの翅の表面構造の模倣も、これまでの研究の延長線上にあります。研究の成果は、研究する人のモチベーションに大きく依存します。ぜひ、自分自身が、興味を持って楽しめる研究テーマに取り組んでほしいと思います。

【学生に指導する内田教授】

※産経新聞社提供

最後に読者へのメッセージをお願いします。

 最近の照明器具が、蛍光灯やランプからLEDに替わるなど、科学の発展を身近に感じられる時代になっていると思います。研究の現場は、地味なものですが、生物をまねる研究は、読者の方々にも理解しやすいのではないかと思います。普段の通勤、通学の途中に、ふと咲いている珍しい花や飛んできた虫を観察することが、新しい発見につながるかもしれません。科学を身近に感じて、研究者になった気持ちで楽しんでみませんか?(了)

ミス日本「水の天使」の中村真優さんはドイツに留学した際、日本の水の素晴らしさを実感して、現在の「水への意識を高めてもらう活動」に生かされていると語ってくれました。サントリーホールディングス株式会社サステナビリティ推進室の山田健チーフスペシャリストには、同社が地下水の持続可能性を守るために展開する森林再生プロジェクト「天然水の森」について紹介してもらいました。また、龍谷大学の内田欣吾教授は、シロアリの翅(はね)の表面構造を再現することで「霧を集めて水を作るシステムの実用化に発展できる可能性がある」と説明してくれました。
次号のテーマは「宇宙ビジネス最前線! 世界とどう戦う?」です。今年6月にはアメリカで世界初の民間企業による有人宇宙船の打ち上げが成功、英国の企業も小型衛星を打ち上げる計画を明らかにするなど、宇宙をめぐる動きや企業活動が注目されています。日本は宇宙ビジネスで世界と渡り合うことが出来るのか。その可能性について識者へ話を伺います。(Grasp編集部)

インタビュー一覧へ

このページの先頭へ